僕の玩具



クロヴィスは自室で一人忙しそうに荷造りをしていた。

―――・・・一日でも早く可愛いルルーシュに似合う「女」になりたい!!

自分の容姿に過剰なほどに自信のあるクロヴィスは、将来大人になったルルーシュの隣に寄り添う自分の姿を思い描いて、心を躍らせている。
完全に自己の世界に陶酔しきって、部屋に入ってきたシュナイゼルにも気づかなかったほどだ。

「クロヴィス・・・ちょっといいかな?」
「あ、兄上!?」

声をかけられて、ようやく思考を現実に引き戻される。

「随分と忙しそうだが、どうしたのだね?」
「私はルルーシュと結婚するのです!」
「・・・その話はお前の側近から聞いたよ。しかし、だからと言って性転換はちょっと軽率ではないかい?お前はこのブリタニアの第三皇子なのだぞ。」
「いいえ兄上!善は急げということわざもあります。早いうちから性転換をして将来のために女を磨いておく必要性が・・・」

そこまで言いかけたクロヴィスの言葉をシュナイゼルが手で制した。

「クロヴィス・・・お前、ホンキなのだね?」

シュナイゼルの問いかけに、「当然です」と言ったクロヴィスの目の色が尋常ではない。
その様子にシュナイゼルはクロヴィスから視線を外し表情が見えないようにうつむいた。
その肩が微かに震えている。
こみ上げる笑いを必死に堪えているのだ。
しかしクロヴィスはそんな兄をまったく気にせずに、再び荷造りに取り掛かろうとしている。

「お前の気持ちは充分理解したよ。」
「解かっていただけたのでしたらこれ以上兄上とお話することはありません。私は忙しいのです」

ルルーシュのこととなるとクロヴィスは尊敬する兄であろうと、その眼中にまったく映らなくなってしまうのはいつものことだ。
暇つぶしの玩具にされているとも気づかずに、クロヴィスはルルーシュが可愛くて仕方がないのだ。

「まぁ・・・少し待ちなさい」
「他になにか?」
「私はお前が将来ルルーシュと結婚することは反対しない。だが、性転換というのは少し考えが短慮なのではないのかと言っているのだよ?」
「では私が将来ルルーシュの花嫁になるために他にやることがあると?」
「・・・まぁ、的確に言えばそういうことだ・・・」

尊敬する兄にそう言われても、性転換以外に先にやらなければならないことというのがクロヴィスには見当もつかなかった。

「・・・それはとても大切なことなのですか?」
「そうだね。お前が本当にルルーシュのことを愛しているのならそれはとても大切なことだと私は思うのだがね?」
「私が本当にルルーシュのことを・・・?」

反芻するように呟いて、「・・・当然ではありませんかッ!」と拳に力をこめて訴える。
その様子にシュナイゼルの肩が再度小刻みに震えた。

「あ、兄上!!お願いです!その大切なことを私に教えてください!!」

肩の震えが止まらないシュナイゼルに縋りつくクロヴィスの顔は真剣そのものだ。

「兄上!」

何も答えてくれないシュナイゼルにクロヴィスは焦りを感じていた。
しかし、シュナイゼルはどうしても噛み殺した笑いが収まらない。ここで迂闊になにか言葉を発してしまったら吹き出してしまうに違いない。
息を止めて必死で笑いを堪えて、ようやくシュナイゼルがクロヴィスの顔を見たときには、この少し頭の足りないお茶目な弟は瞳いっぱいに涙を浮かべて今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。

「す、すまない・・・クロヴィス・・・」
「・・・兄上はどうしてその大切なことを私に教えてくださらないのですか?兄上は私がルルーシュと結婚することに本当は反対なのでは・・・?」

「そうじゃない・・・ただ・・・お前にそれをするだけの覚悟があるのかと・・・」

シュナイゼルの言う「大切なこと」とは性転換よりも覚悟が必要なことなのだろうか?と、クロヴィスの表情に不安の色が広がる。

「・・・それは・・・それはそんなに難しいことなのですか?」
「難しいことではないんだが・・・」
「ではそれは一体・・・?私はルルーシュのためならどんなことでもします!」
「・・・お前がそこまで言うのなら教えてあげよう。それは花嫁修業だよ」

「花嫁修業・・・ですか?」と意外そうな顔で聞き返すクロヴィスにシュナイゼルは小さくはっきりとうなずいた。

「お前料理はできるかね?」
「・・・お料理・・・ですか?」

一通りの情操教育は受けてきたクロヴィスでも料理はやったことがない。
そもそも皇子なのだから当然だ。
それにルルーシュの嫁になるのならそんな必要はないのではないだろうか?
訝しげに首を傾げる弟を兄は優しい眼差しで見つめている。

「・・・兄上、どうして・・・料理なのですか?」
「そうだね。料理なんかは給仕の者に用意させればいいことだ。だがルルーシュはどうだろう?」
「ルルーシュ・・・ですか?」
「お前を嫁にしたいほど愛しているのならきっと愛する人の手料理を食べたいと思うのは当然のことだと思うのだがね?」
「ルルーシュが私を・・・愛している?」

その言葉に、ルルーシュに自分が「愛されている」と考えただけでクロヴィスの頭の中は隅々まで薔薇色に染まった。
他にはなにも考えられないくらいに・・・。
それがシュナイゼルのとっておきの切り札なのである。

「クロヴィス。お前がルルーシュに手料理を作ってあげたらきっと彼も喜ぶと思うのだが?」

そう言われて、シュナイゼルの術中にはまったクロヴィスは完全に思い込みの世界に入りきっている。

「ところで、お前はルルーシュの好みをしっているのかい?」

そう問われて、クロヴィスは首を横に振った。
考えてみればルルーシュと一緒に食事をするとこなどあまりないことだし、食事の好みに限らず将来の夫となる人の嗜好品とか趣味とかもまったく知らないことにクロヴィスは少し焦りを感じた。

「お前はルルーシュのことをもっと知る必要があると思うのだが・・・?」
「兄上はご存知なのですか?・・・その・・・ルルーシュの好みとか・・・」
「もちろん!それくらいは兄として当然のことではないか」

シュナイゼルのその言葉は当然口からのでまかせであるが、クロヴィスはそれが嘘だとは知らない。
自分もルルーシュの兄であるが、シュナイゼルの言う「兄として当然」知っておかなければならない情報をなにも知らない自分に酷いショックを受けているようだった。
シュナイゼルは口端だけで微かに微笑む。
それがどういった種類の笑みなのか、クロヴィスには知る由もない。

「日本の言葉に”押しかけ女房”というのがあるそうだ」
「押しかけ女房?」
「そうだな・・・ようするに、無理矢理押しかけて強引に居座って女房の座を得る・・・ということかな?」
「無理矢理・・・ですか?しかし私はルルーシュとちゃんと約束まで・・・」
「まぁまぁ・・・それはものの例えで、とにかくお前はルルーシュのことをもっと知る必要があるのだろう?だったらできるだけルルーシュの傍にいていろいろと勉強すればいいのではないかね?」

クロヴィスの表情がぱっと輝いた。


「わかりました兄上!ありがとうございます!!」

そう言うとクロヴィスはやりかけの荷造りを放り投げて駆けるように自室を後にした。
向かう先はルルーシュのいる離宮・・・。




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